MTFによる光学機器の性能評価#3 MTFとPSF

前回のおさらい

   • 分解能とは二点分離の限界を表す。

   • フィルムの二点分解能はレンズの二点分解能より低い。

    • カメラシステムの解像度評価に二点分解能や限界解像度は有用ではない。

 前回はレンズの二点分解能はフィルムの分解能より遥かに高い領域にあるため、カメラシステムの解像度を評価するにあたって、あまり意味がないことを説明した。フィルムで記録できる領域の解像度を評価する手法としてMTFが用いられるようになり、空間周波数ごとのコントラスト応答からMTFを求める手法を紹介した。今回は実際にMTFを求める手法を紹介し、最後にボケを定量評価できることのメリットについて解説する。

 今回は長いよ。

 

矩形波チャート法

 #1で説明したように、様々な空間周波数の信号をレンズに入力し、出力のコントラスト応答を測定することでMTFを求める方法である。#1で示したような縞模様を矩形波チャートと呼ぶ。

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 低い空間周波数の信号 高い空間周波数の信号

       Fig.3.1 矩形波チャート (MTFによる光学機器の性能評価#1)

 

 この方法は比較的簡単にコントラスト応答を測定できるが、問題点が二つある

 ひとつは、入力信号が正弦波でなく矩形波なので、得られた応答は矩形波コントラスト応答である。MTFは正弦波応答で定義されるので、MTFを求めるには測定された矩形波コントラスト応答関数を変換式*1を使って正弦波応答関数に変換する必要がある。

 もうひとつは、チャートの数に限度があるので測定値が飛び飛びになり、連続関数としてのMTFを知りたい場合、中間の補完が必要になることである。

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         Fig.3.2 #1で示したMTF

 

 #1で示したMTFは、二種類*2の空間周波数でのの測定値から大胆にプロットしている。中間値は二次補完したが、実際このレスポンスが得られているかは疑わしい。これは極端な例だが、チャートの数を増やしても同様の問題は残る。

 

フーリエ変換

 空間周波数領域と実空間領域は、フーリエ変換フーリエ逆変換の関係にある。MTFは空間周波数領域の関数だ。実空間領域の関数をフーリエ変換することでMTFが求められそうだ。

 実際、少々条件が付くが、実空間領域のコントラスト応答をフーリエ変換すればMTFは求められる。下図のように点の像を入力し、出力を変換すればMTFは求められるのである。

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       Fig.3.3 点像の入出力

 

 入力した点の像とその出力はFig.3.3のようになる。入信号の中心を通る線での一次元強度プロファイルを取るとFig.3.4, Fig.3.5のようになり、入力信号は鋭く尖っているが、出力はボケて広がっている。これを点像強度分布関数 PSF(Point Spread Function)と呼ぶ。

 

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       Fig.3.4 入力信号の強度プロファイル

 

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       Fig.3.5 出力の強度プロファイル(PSF)

 

 得られたPSFを一次元フーリエフーリエ変換すると、Fig.3.6のように連続的なMTFが求められる。

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            Fig.3.6 MTF

 

 グラフから10LP/mmと30LP/mmでの応答を読み取ると、それぞれ0.98, 0.85である。

 チャートのコントラスト応答をいくつも測定してプロットしてゆくチャート法と比べると非常に簡単のように見えるが、実はこの方法にも問題はある。入力する信号は「点」でなければならない。*3 無視できるほど面積が小さい「点」で、十分な強度を確保するのは難しい。*4 チャート法、フーリエ変換法ともに利点欠点あるため、場合に応じて使い分けられている。

 

ボケの量とMTF

 次にボケの量について考えよう。ボケの量が変化するとPSFやMTFはどうなるのだろうか。

 ボケの強い系に点像を入力したとき、出力はFig.3.1のように大きくボケる。ケータイのカメラのように、ボケボケの絵しか撮れないレンズを考えてもらいたい。

 

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  Fig.3.7 ボケの強い系への点像の入出力

 

 この時のPSF(Fig.3.7)を、ボケが弱い系のPSF(Fig.3.3)と比較すると、広がりが大きく高さも低くなっていることがわかる。

 

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    Fig.3.8 ボケの強い系での出力強度プロファイル(PSF)

 

 このPSFをフーリエ変換して、Fig.3.9のMTFを得た。ボケが弱い系のMTF(Fig.3.6)と比べると、かなり左側からグラフの高さが急激に低くなっているように見える。これは低い空間周波数領域からコントラスト応答の低下が始まっていることを意味している。

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       Fig.3.9 ボケの強い系のMTF

 

 グラフから10LP/mmと30LP/mmでの応答を読み取ると、それぞれ0.90, 0.46である。ボケが弱い系(Fig.3.6)と比べると、特に30LP/mmでの低下が著しい。#1で引用したMTF特性図の見方によれば、30LP/mmでの応答が1に近いほどシャープだとしている。

MTF特性図上の10本/mmのカーブが1に近いほどコントラスト特性がよく、ヌケの良いレンズとなり、30本/mmのカーブが1に近いほど高解像力を備えたシャープなレンズとなります。

 30LP/mmでの応答が0.85あったボケの弱い系と、0.46しかないボケの強い系のPSFを比べると、この説明と矛盾していないことがわかる。

 

PSFの実際の画像への応用

 PSFがわかれば、そのレンズがだいたいどのようにボケるかが直感的に予想できると思う。しかし、実際の撮影で点像を撮るわけではない。PSFがわかっても、カメラシステムのボケ評価として意味がないと思われるかもしれない。

 ところが、PSFがわかれば、画像がどうボケるかは計算できてしまう。PSFは、点像がどのようにボケるかを示しているので、画像を構成する全ての点にPSFをかける*5ことで、入力された画像がどうボケるかが数学的に求められる。*6

 Fig.3.10とFig.3.11は、入力画像にそれぞれのPSFを重畳積分してボケの弱い系とボケの強い系をシミュレーションしたものだ。

 

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 Fig.3.10 ボケの弱い系への入力画像と出力

 

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 Fig.3.11 ボケの強い系への入力画像と出力

 

 ボケが強い系を通した場合、元の文字のエッジが持っていたシャープさが失われている。

 このように、MTFがわかれば画像がどうボケるか計算で求めることができる。連続関数としてのMTFがわかれば、様々なことがわかる。逆に言えば、メーカーの手の内が知れてしまう。

 それもあって、メーカーが公開している「MTF特性図」は、連続関数であるMTFからたったの二点を切り出した極めて限定的な情報でしかない。空間周波数は10LP/mmと30LP/mmの二条件だけで、レンズ中心から外周まで測定位置を変えて計測したのが「MTF特性図」である。これを見てわかるのは、レンズ中心と外周でのコントラスト応答の劣化の度合いがせいぜいだ。周辺と中心の描写の差は読み取れるが、それ以上の意味合いはない。メーカーの説明の歯切れが悪いのも無理はない。

 さらに、多くのメーカーが銀塩フィルムを超える分解能をもつ撮像素子を採用しているにもかかわらず、昔と同じ10LP/mm, 30LP/mmでのコントラスト応答しか公開していない。これではレンズ性能の目安にすらならない。この点を次回扱いたい。

 

今回のまとめ

   • MTFの計算法には、チャート法とフーリエ変換法がある。

 • MTFがわかればPSFがわかる。PSFがわかれば、入力画像がどうボケるかわかる。

 

*1:コルトマンの変換式

*2:空間周波数0でのレスポンスは1なので、実際には三種類

*3:理想的にはディラックのδ関数である必要がある。本例のように面積がある台はフーリエ変換でsinc関数になり揺れが重畳されてしまう

*4:像のエッジからLSFを求める方法がある

*5:実際には重畳積分

*6:MTFさえわかっていれば、ボケの性状は予想できる。数学的には、画像を二次元フーリエ変換した後、MTFをかけて、結果をフーリエ逆変換すれば、PSFを重畳積分したのと同じ結果が得られる。実際の計算ではこちらが用いられることが多い。