MTFによる光学機器の性能評価#4 銀塩フィルムとデジタルの違い

前回のおさらい

 • MTFの計算法には、チャート法とフーリエ変換法がある。

 • PSFがわかればMTFがわかる。MTFやPSFがわかれば、入力画像がどうボケるかわかる。

 前回は連続関数としてのMTFが、ボケの評価に有用ということ、カメラメーカーが公表している「MTF特性図」でも、限定的ながらレンズの特性を読み取れることを説明した。多くのメーカーは銀塩フィルムのときと同じ基準で「MTF特性図」を公開しているが、デジタルでもそれが有用なのかどうかを考えていきたい。これまではデジタル特有の問題点に触れずに話を進めてきたが、今回は、銀塩フィルムとデジタル撮像素子の違いについて一歩踏み込んでみよう。

 

10LP/mmと30LP/mm

 メーカーの公開しているレンズのMTF図をこれまで「MTF特性図」と呼んできた。最大手のキヤノンの表記に従ったのだが、各メーカーで呼び方が微妙に異なる。

 

 •キヤノン; MTF特性図

 •ニコン; MTF曲線

 •ソニー; MTF曲線

 •オリンパス; MTFチャート

• シグマ; MTFチャート

 

 前回説明したように、MTF特性図とは低空間周波数と高空間周波数の二条件でのコントラスト応答を、レンズ中心から外周までの応答の変化を半径方向に測定位置を変えながら測定したものだ。空間周波数領域での連続関数である、MTFそのものではないことを繰り返しておく。

 多くのメーカーで、低空間周波数は10LP/mm、高空間周波数で30LP/mmで計測している。この測定基準は銀塩フィルムの時代と変わらない。果たしてそれで本当に大丈夫なのだろうか。

 

銀塩フィルムは何万画素相当か?

 デジタルカメラの撮像素子の解像度は画素数で表される。撮像素子間の比較は画素数が手がかりになるが、銀塩フィルムとの比較は困難だ。銀塩フィルムが何万画素に相当するかがわかれば、今後の計算に役立つはずだ。

 銀塩フィルムが何万画素に相当するかは諸説あるが、ここではフィルムメーカーのデータシートを手がかりに計算してみよう。

 

 velvia50 (RVP50)のデータシート*1によれば、コントラスト比1.6:1で80本/mm、コントラスト比1000:1では160本/mmとされている。しかしこれは限界解像度での評価で、分解能同様、写真表現にはあまり意味のない数字だ。*2 限界解像度は画像の変調度が5%まで下がる空間周波数で定義されることが多く、ここまで応答が下がってしまうと測定はできても、肉眼での観察は難しい。

 実際には40LP/mmでもフィルムのコントラスト応答は50%を切ってしまう。このあたりを写真表現上の上限と見るのが適当だ。では、40LP/mmを限界解像度としたとき、画素数で表現すると何万画素になるのだろうか。

 135フォーマット(いわゆる35mmフルサイズ)での露光面は、縦24mm、横36mmである。Line pairは、白黒一本づつがセットなので、40LP/mmを再現するには、

24x80x36x80=5,529,600

 550万画素あれば足りるように思える。

 

 しかし、この計算には二つの要素が抜けている。

 ひとつは色分解のためのカラーフィルターが計算に入っていないこと。もうひとつは、デジタル系には標本化定理という制約があることだ。

 両者のうち標本化定理の制約は特に厳しい。標本化定理とは、有限の間隔で離散的にアナログ量を取り扱う場合、それが含む最大周波数の二倍以上の周波数で標本化(サンプリング)すれば、もとのアナログ信号の全ての情報が保存出来るというものだ。*3 サンプリング周波数が不足すると、Fig.4.1のようなモアレが生じる。 

 

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 Fig.4.1 アンダーサンプリングによるモアレ

 

 135フォーマットでの40LP/mmの入力信号は縦方向1,920ピクセル、2,880ピクセルである。これをデジタル系で取り扱うには、二倍の縦方向3,840画素、横方向5,760画素が必要となる。

 これに加え、多くのデジタルカメラは二次元配列されたカラーフィルタで色分解を行っているため、必要な画素数はさらに多くなる。複数のピクセルからの出力を合成して、ひとつのピクセルの輝度と色を決めているからだ。

 

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 Fig.4.2 ベイヤ配列カラーフィルタによる色分解

 

 あるピクセルからは一色分の輝度データしか得られない。最も多いGrからの出力を輝度情報とした場合でも、単純計算で倍の画素数が必要となる。実際にはBやRからの出力で補完するため、実装にもよるが1.2倍から1.3倍で済むようだ。

 これらから、135フォーマットのVelvia 50は、2,700から3,500万画素に相当すると考えられる。ただし、これはRMS粒状度8の低感度超微粒子フィルムでの数字で、銀塩フィルムのチャンピオンデータに近い。ISO100のASTIA 100F(RAP F)では限界解像度は60LP/mmで、RVP50の80LP/mmより低く、同様に計算すると1,500から1,900万画素画素相当になる。

 

ClarkVision.com: Film versus Digital My Summary

 こちらのサイトでは、135フォーマットのVelvia 50で、上を見て1,600万画素相当と分析している。リーズナブルな結論と思う。

 

銀塩フィルム前提の評価基準はデジタルカメラで通用するか

フォーマットが同じ場合

 135フォーマットの銀塩フィルムは、上を見て3,500万画素に相当するという計算になった。この画素数に到達したカメラはまだないので、銀塩フィルムで使えたレンズは、デジタルでも同じ程度に使えるという結論になる。ところが、フィルムでは目立たなかった解像度不足が、撮像素子では1,000万画素程度で確認できてしまうことがある。

 銀塩フィルムの場合、超微粒子フィルムの限界解像度まで余すことなく使うようなシビアな使い方は普通はしない。アナログ系では限界付近の性能はあまり安定しないからだ。精細さが必要な用途では、中判、大判が使われてきた。

 ところが、デジタルの場合、画素ピッチが規定するナイキスト周波数までコントラスト応答はドロップしない。*4 このため、常用される領域が銀塩フィルムと比べて高空間周波数側に寄っている。

 

 使い方、見方が変わってきているので、銀塩フィルムの解像度を画素数に変換して直接比較するのはやや問題がある。

 よって、「何万画素を超えたら銀塩のレンズを使い回すのは難しい」といったように数字でクリアな結論を示すのは無理だろう。個々のケースに応じて考察する必要がある。

 

 ただ、メーカーが公表しているレンズのMTF特性図が、ボディの限界解像度をカバーできているかどうかは、おおむね計算で求められる。

 ソニーはCarl Zeiss銘のレンズに限って、30LP/mmを超える領域でのMTF特性を公表している*5ので、これで足りるかどうか見てみよう。

 ソニーはCarlZeiss銘のレンズの10, 20, 40LP/mmでのMTF特性図を公開している。同社のα900は135フォーマットながら2,460万画素と市販デジタルカメラで最大級の画素数があり、レンズへの要求が厳しい。記録画素数は6,048×4,032ピクセルで、画素の密度は168.5ピクセル/mmに達している。このセンサーのナイキスト周波数は、カラーフィルター抜きで42.1LP/mmである。カラーフィルタとプロセッサでの補完込みでおおむね35LP/mm程度と予想される。30LP/mmでの評価では追いつかない。40LP/mmでの評価を公開しているのは良心的だ。*6

 同様に計算すると、キヤノンのEOS 5DmarkIIや1Ds MarkIIIは、ナイキスト39LP/mm。実効限界解像度は32.5LP/mm程度なので、30LP/mmでの評価ではやや不足。これらのカメラで使う場合の目安にはならない。画素数を増やした以上、35もしくは、40LP/mmでの評価を公表していただきたい。

 ニコンのD3やD700は、ナイキスト29.6LP/mm、実効限界解像度は24.6LP/mm程度なので、30LP/mmの評価で足りる。

 

フォーマットが異なる場合

 一方、フォーマットサイズについては比較的クリアな説明が可能だ。

 現在デジタル一眼レフでは、135、APS-H、APS-C、Fourthirdsの四種類のフォーマットが使われている。用途が同じならば、フォーマットが小さいほど撮像面の拡大率は増す。四切サイズ(240x290mm)に伸ばす場合の拡大率は次のようになる

 

 • 135 (Canon EOS5D markII 24x36mm) 10倍

 • APS-C (Canon EOS50D 22.3x14.9mm) 16.1倍

 • APS-C (Nikon D300 23.6x15.8mm) 15.2倍

 • Fourthirds (olympus E-30 17.3x13mm) 18.5倍

 

 画素数はいったん措くとして、APS-C(canon 50D)がプリントで135と同じ解像度を得るには、撮像面では1.52倍の空間周波数で135と同じコントラスト応答が得られなければならない。すなわち、135用レンズが30LP/mmで0.9のコントラスト応答が得られているとすると、APS-C用レンズは48.3LP/mmで0.9のコントラスト応答が得られなければならない。ところが、メーカーが公表しているコントラスト応答は、135と同じ30LP/mmでの値だ。

 

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      Fig.4.3. MTFの一例(#3 より引用)

 

 MTFは空間周波数が高くなると急速に落ちる。APS-Cフォーマットの撮像素子の評価するのに、135フォーマットと同じ30LP/mmでは全然足りない。APS-C用のEF-SレンズやDXニッコールレンズは、高い空間周波数領域での評価を公表すべきだ。APS-C以上に小さいフォーマットであるFourthirdsを採用しているオリンパスは、60LP/mmでのコントラスト応答を公表している。キヤノン、ニコン両社にもフォーマットサイズに合わせた測定基準でのMTF特性図を公表するよう、強く望みたい。

 

今回のまとめ

 • 135フォーマット銀塩フィルムは最大3,500万画素に相当?

 • 同じフォーマットサイズなら、画素数が多いほど高い空間周波数領域でのMTF評価が必要

 • フォーマットサイズが小さいほど、高い空間周波数領域でのMTF評価が必要

 

*1:http://fujifilm.jp/support/pdf/filmandcamera/datasheet/ff_velvia50_001.pdf

*2:レンズの評価にフィルムの限界解像度より低い30LP/mmが使われていたのは肉眼では空間周波数の上端付近の成分は認識しにくいからだろう。JPEG圧縮ではDCTのあと高い空間周波数成分を大胆に切り捨てているが、それでも鑑賞に堪える画像を再現できている。

*3:標本化定理については次回取り扱う

*4:実際にはLPFの周波数特性が理想的ではないので、ナイキスト周波数より低い空間周波数領域から信号強度のドロップが起きる

*5:無銘のレンズは非公開、Gレンズは30LP/mmまで

*6:MTF特性図を見ると、40LP/mmでのコントラスト応答はかなり厳しい。135フォーマットでは中心から21.6mmまでが画面内に入る。SAL1635ZやSAL2470Zなど、F2.8通しの広角ズームや標準ズームでは、広角端、絞り解放で20mm付近での応答が10%を切っている。描写に定評のある広角レンズでも周辺部での応答はこれぐらいが相場ではあるが、数字の一人歩きを嫌うメーカーが見せたくないと考えるのも理解はできる。