「フィーチャーフォン」が作れないならベーシックフォンを作ればいいじゃない

 おいそれとフィーチャーフォンを再興できる状況では、どうやらなさそうだ。

「ガラケー再興」待望論は根強くあるものの… 作りたくても作れない、製造サイドの事情とは

 

 筆者は、ソフト、OS、ハード、機械部品、コンテンツ、広告モデル、あらゆる面からフィーチャーフォンへの回帰は、もう不可能としている。フィーチャーフォンへの回帰と限定するあたり、さすがにクロサカ氏はよくわかっているなあ、と思った。

 

 たしかに、二つ折りのブラウザフォンへの回帰はもう不可能だろう。この点全く同感だ。しかし、消費者の「ガラケー」への郷愁を満たすのに、以前と同じような多機能の極みに達して肥大化したフィーチャーフォンが必要なのだろうか。

 

 確かに私の周りでも、「ガラケーが懐かしい」とか「やはり2台持ちじゃないと無理」といった声は、しばしば聞かれる。それも、いち早くスマートフォンへ移行した都市部の消費者、特に音声通話がある程度は必要なビジネスパーソンからの声が大きい。  電池問題、セキュリティやプライバシーの懸念、通信障害、音声通話端末としての不便さ、等々…。スマートフォンの普及に伴い、その課題も浮き彫りになってきた。フィーチャーフォンの「守られていた居心地のよさ」という魅力が、それを失ったことで再評価されている。 

「ガラケー再興」待望論は根強くあるものの… 作りたくても作れない、製造サイドの事情とは

 

 ざっくりまとめると、再評価されているのは、「ガラケー」の電話としての信頼性と可用性だ。ブラウザフォンが求められているのではない。ならばベーシックフォンで良いではないか。

 

 ブラウザを切り捨てて通話機能とSMSに絞り込んだベーシックフォンならば、Linuxベースのモバイルプラットフォームを使う必要はない。RTOSでも実装可能だ。もっとも、ミドルウェアが揃ったLinuxプラットフォームの方がかえって簡単かもしれない。この場合でもアプリケーション層のコードが少なくて済む分、スマホより高い信頼性が期待できる。3Gの寿命が続く限り、携帯電話キャリア回線交換方式から手を引かない限り、ベーシックフォンの製造が可能だろう。